2008年07月22日

手放す

数年前、親にも見捨てられたとみられる、とても弱った小さい子猫を保護ことがあります。
獣医さんにみせたら「普通生まれてからこの位の日数がたってたら、もっと太っていていい」と言われるぐらいガリガリで、ノミはたかりまくって、下痢ピーで…という、かわいそうな状態でした。
一生懸命世話をしたのだけれど、結局2週間くらいで死んでしまった…。
きぃちゃんと名づけたその子のことを思い出すたびに、ぶわあぁああぁ〜と涙が出てきて、悲しくてたまらなくなっていました。

先日。
それってなんでなのかな、って思った。
せいいっぱいお世話をしたけど、結局亡くなってしまって。
きっと「きぃちゃんのことを忘れてしまう自分」そして「平気でのほほんと生きている自分」が許せなくて。
それで、思い出すとなると「悲しい思い」が再現フィルムのようにリピートされていたんじゃないかな、と思います。

そこに気づいたので。
まず、楽しかったこと、嬉しかった思い出にフォーカスをあわせました。
そして、そのうえで「ありがとう」「少しの間だったけど一緒にいられてよかったよ」「出会えてよかったね」「ありがとう」と繰り返し自分に向かって言いました。
そうしたら、ようやくきぃちゃん=悲しい子、という図式ではなく、かわいくてハッピーな笑顔、が浮かんでくるようになりました。

そうだよね…。
もしも自分が死んだとして。
周囲の人に自分のことを思い出してもらうとしたら、はぐみ=かわいそうだ…さぞかし辛かったろうね…不憫だ…哀れだ…あなたのことを思い出すと、涙が出てきます…と言われたら、つらいし、こっちも悲しくなっちゃう。
そんなんだったら、思い出してくれなくていいよー、さっぱり忘れておくれ〜って思っちゃう。
それよりも、自分のことを思い出すと、楽しかった思い出が蘇ったり、ほんわかした気持ちになってくれるほうがすっごく嬉しい。

きぃちゃんを悲しい子におとしめていたのは、実は、自分自身を哀れみ、責め苛んでいるからだったんだ。(あんなにお世話したのに…自分が悪かった…私の世話が足りなかったんだ…もっと○○してあげればよかった…等々)
そんなこと、きぃちゃんは求めていなかったんだね。

これで、ようやく、きぃちゃんは天使になれるでしょう。
いままで私の中で縛り付けててごめんね。
そして、私の心の中ではずっと幸せな子の姿で生き続けるのです。
ありがとう!

ニックネーム はぐみ at 21:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ホ・オポノポノは本当にすぐ実践できるのですね。
わたしも健ちゃんのことを思い出すときは、100%愛にあふれた日々を思い出すようにしますね。
Posted by みっかぼうず at 2008年07月27日 17:38
>みっかぼうずさん
そうなの。
健ちゃんも、そのほうが嬉しいんじゃないかな。
出逢えてありがとう。
いっしょに過ごせてありがとう。
ですよね☆
Posted by はぐみ at 2008年07月27日 21:59
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